yuichi0613's diary

yuichi0613の雑記、写真、日々の記録。

アメリカ新聞業界の危機その4 「ジャーナリズムの未来」は「新聞の未来」なのか?

今回で4回目。日本の現状までたどり着くまであと数回必要か。
「ジャーナリズムの未来」のために、新聞の未来を保護すべきか?新しいジャーナリズムの出現を助成すべきか?
この議論は、アメリカはもちろん日本でも該当するだろうね。


第2節 米上院公聴会「ジャーナリズムの未来」の議論


第1節で見たようなアメリカ新聞業界の危機に対して、国政の場でも新聞業界の保護やジャーナリズムの維持を目的として議論が起きている。
そのひとつのハイライトとして、2009年5月6日に第111回連邦議会上院・商務、科学、運輸合同委員会のコミュニケーション、テクノロジー、インターネット分科委員会において「ジャーナリズムの未来(The Future of Journalism)」という公聴会が行われた。
そこに至るまで経緯や議論について、元毎日新聞常務取締役の河内孝が連載しているマイコミジャーナル『メディアの革命*1 』の記述と杉田弘毅の論文*2 を参考に記していき、アメリカの新聞業界やジャーナリズムの危機に対してどのような議論が交わされているかをまとめたい。


第1項 「公共財としての新聞」と非営利化の議論

2009年1月の「ニューヨーク・タイムズ」のオプ・エド(Op-ed)欄に「News You Can Endow」*3 という記事が載った。
エール大学投資責任者のディビット・スウェンセン氏と投資アナリストのマイケル・シュミット氏が共同で寄稿したこの記事で、彼らは「公共財としての新聞」を説いている。
その内容は、トマス・ジェファーソンの「新聞のない政府と、政府のない新聞のどちらかを選べと言われれば私は躊躇なく後者を選ぶ」という伝統的な新聞に対するアメリカの信頼を表す有名な言葉を冒頭に引いた上で、これまでジャーナリズムを担ってきた新聞への恩義と現在の苦境、そしてインターネットの興隆に触れつつGoogle最高経営責任者であるエリック・シュミット氏が語った「インターネットは情報の“汚水”だめとなる可能性がある」という言葉を紹介して、民主主義の土台として新聞社は守られるべきであり、経済状況の良し悪しに関わらず自立性を維持するため組織形態を公立大学などと同じ非営利組織にすべきだ(Turn them into nonprofit, endowed institutions)と主張した。

 同年3月には、メリーランド州選出のベンジャミン・カーディン上院議員が新聞社の非営利化を可能にする「新聞再生法案(The Newspaper Revitalization Act)」を提案している*4 。これはのちに詳しく述べる。

また、同年4月22日には、下院司法委員会で「A New Age for Newspapers: Diversity of Voices, Competition and the Internet」という公聴会が開かれた。ここでは、新聞産業の現状から、独占禁止法の適用除外として不況カルテルの適用などの救済案について議論が交わされたが、議員たちの関心が低く、演説も既存メディアに対して批判的なものが多かったとするワシントン・ポストの記事を河内は紹介している*5


第2項 米上院公聴会「ジャーナリズムの未来」で交わされた議論

2009年5月6日、連邦議会上院の商務、科学、運輸合同委員会において「ジャーナリズムの未来(The Future of Journalism)」と題する公聴会が行われた。
そこでは、新聞再生法案を提出した民主党のベンジャミン・カーディン上院議員の法案提出理由の説明が行われ、公述人として、Googleで検索製品および利便性向上担当のマリッサ・メイヤー副社長、全米13位の発行部数を持つ「ダラス・モーニング・ニュース(Dallas Morning News)」の発行人であるジェームス・マロニー氏、近年急速に注目を集めるようになったニュース集約サイト『ハフィントン・ポスト(Huffington Post)』 の共同創設者兼編集長のアリアナ・ハフィントン氏など既存メディア、インターネット関連の6人が招かれて意見を交わした。


ジョン・ケリー委員長の「3つの問題提起」


まず、冒頭挨拶で民主党所属の上院議員であるジョン・ケリー委員長が、新聞業界とインターネット・メディアの現状を整理しつつ、新聞を「絶滅に瀕している種族」と形容。
そして、今回の公聴会の目的を新聞の経営状況を概観するだけでなく、インターネット・メディアなどが行うニュースの提供やジャーナリズムの今後についての議論だとしたうえで、3つの問題提起をしている*6

1. 広告収入が減少していくなか、20世紀後半に行われたような偉大な調査報道のための予算は配分されるのか?
2. 登場しつつある新しいメディアは、財政的理由、政治的党派性によって既存のジャーナリズムよりも断片化されやすいのではないか?
3. オンライン・ジャーナリズムはこれまで新聞業界が果たしてきたプロ記者によるジャーナリズムの価値を維持することはできるのか?

この3点の疑問で触れられているのは、これまで行われてきたジャーナリズム活動、例えば調査報道、ニュースの掘り出し、客観的で質の高いニュース記事の提供といったものが、その主体である新聞社の経営が弱体化することで縮小する今後にあって、オンライン・ジャーナリズムがその代替手段としての役割を果たせるのか、という問題意識である。


カーディン上院議員の「新聞再生法案」

公聴会では次に、カーディン上院議員が3月に提出した「新聞再生法案」についての提案理由を説明している。
背景として、昨今の新聞業界の不況によって、それまで地方紙が行ってきたその地方のニュース収集や調査報道の役割が果たされなくなっているとし、非営利組織として新聞社が経済状況に左右されることなく維持が可能になる法案を提出したと述べた*7 *8
(筆者注1/18:先日、「法案は提出まで至っていない」と友人に言われて、いま事実確認中。わかり次第対応します。)

法案の内容については、地方新聞社に対し、教育目的非営利法人(NPO)として活動することによって、教育機関や公共放送に適用している非営利組織「501(c)(3)」としての税免除資格を与えること。
また、寄付収入について、税法上の優遇を行うことを明記した。しかし、非営利組織となるため、アメリカで慣習として行われてきたような公職者の支持はできなくなる。
ただ、政治的キャンペーンを含む自由報道の原則は保障されるとの注釈は加えてある。


公述人の議論


そののちには、既存メディアおよびインターネット事業関連の6人の公述人が各々意見を交わした。それぞれの立場の代表的な意見を紹介しようと思う。


最初に意見表明をしたGoogleのメイヤー氏は、Googleがニュースを求める個人とジャーナリズムをつなぐ役割をどれほど果たしているか、そして新聞発行者に対して経済的機会や参加のための手段を提供しているかということを強調。
また、現在のコンテンツ受容の形として、例えば音楽業界ではCDといったパッケージとしてではなく曲単体のダウンロードといった、個別にコンテンツを求めるようになったことを示し、同様にニュース消費についても個別のニュース記事を消費する時代に移ったことを指摘。
そしてこうした時代において、Googleは新聞社のサイトに多くの読者を導くことに協力すると述べ、新聞社などに対し「アグリゲイター 、あるいはニュース最終消費者へのコンテンツ課金ではなく、あくまで広告モデルでの生き残りを模索すべき*9 」と従来のGoogleの主張を繰り返し、オンラインでの課金に傾きつつある新聞業界の動きをけん制した。

一方、新聞社側として参加した「ダラス・モーニング・ニュース」発行人のマロニー氏は、メイヤー氏の意見に反論して、政府や議会に対し「ニュース・アグリゲーターに対して、彼らが使用した新聞社のニュースに対して、適切な対価を求める手段の保証*10 」を強く求め、そして不況下の特別措置として「新聞企業の合併を容易にする法の制定、新聞とテレビ・ラジオの共同保有に対する米連邦通信委員会(FTC)の制限撤廃など、メディア業界の再編を加速させる措置 」についても触れた。

こうした新聞産業の保護を求める意見には、テレビ・プロデューサーのディビット・サイモン氏が自身の経験に基づいて、インターネット台頭以前から、資本家が独立系の新聞社などを買収し人員整理策などを講じたことで1995年頃からすでにジャーナリズムの荒廃は始まっていたとし、「我々の産業はウオールストリート流の利益至上主義によって自滅した*11 」と述べてジャーナリズムにおける現在の苦境を新聞産業自体の自業自得であるとした。

また、『ハフィントン・ポスト』のアリアナ・ハンフィントン氏は同様に新聞産業の保護について否定し、ジャーナリズムの未来と新聞社の未来は無関係と言い切った。
その上で、この公聴会で話し合われるべきことは、多様なジャーナリズムの助長と強化の策であり、そのためにプロの記者が住民と対話をしながらニュースを作り上げていくパブリック・ジャーナリズムの助成、そして、調査報道を行うジャーナリストに資金援助と発表の場を提供するために自身が立ち上げた「調査報道基金」などの充実が重要であるとした*12


ジャーナリズムの未来と新聞の未来は同じものか?

「ジャーナリズムの未来」のためには、「新聞の未来」を保護すべきか、それとも「新しいジャーナリズム」の助成であるべきか。
無論、これまでジャーナリズムを担ってきた新聞の保護ということが、新しくメディアを興すことよりも単純であることは間違いないだろう。しかし、こうした法案の成立によって行われるだろう新聞社への政府の介入、支援によって報道の自由を損なうとの懸念もなされている*13
また、河内はこうした新聞救済案積極的に訴える議員は、経営に不安を抱えている新聞社を選挙区に持つナンシー・ペロシ下院議員やケリー上院議員などでその他多くの議員の賛同は得られていないとする実情を指摘している*14
また、ジャーナリズムの質の向上のためには、メディア企業ではなくジャーナリズムそのもの、つまりコンテンツを重要視すべきだという主張もある。

杉田は前掲の論文*15 では、先の公聴会の公述人であり、政府の税金をジャーナリズム・プロジェクトへの支援に使うよう訴えている元「ワシントン・ポスト」編集局長で新全米財団会長のスティーブ・コル氏の主張や、既存の新聞社がコストの関係で維持できなくなっている調査報道について、その補完の役割をしている赤字の見込まれる調査報道を専門とする組織が慈善活動家の寄付によって財政的に支援されている例を挙げている。



※これまでの記事

アメリカ新聞業界の危機
その1 発行部数、広告費の推移
その2 経営危機への対応
その3 サイト無料化と有料化―『NYTimes』とマードック氏
その4 「ジャーナリズムの未来」は「新聞の未来」なのか?
その5 新しいジャーナリズムの出現


日本新聞業界の現状は?
その1 発行部数と広告費の推移
その2 社会の変化、新聞離れ
その3 経営悪化に対応する新聞社
その4 新しいメディア主体の不在

*1:http://journal.mycom.co.jp/column/media/index.html

*2:杉田弘毅(2009)「米新聞界 再生への道 高まるジャーナリズムの需要―新聞救済策議論される米国の現状から」『新聞研究』No.698,pp.8-12.

*3:「News You Can Endow」『NYTimes.com』、http://www.nytimes.com/2009/01/28/opinion/28swensen.html?_r=2&ref=opinion&pagewanted=all

*4:「SAVING A FREE PRESS COULD HELP PRESERVE OUR DEMOCRACY」Cardin氏のサイト、http://cardin.senate.gov/news/record.cfm?id=311500

*5:「『オンラインニュース有料化を!』既存メディアとネットの対立が経済危機で再燃」『マイコミジャーナル メディアの革命』、http://journal.mycom.co.jp/column/media/027/index.html

*6:「Kerry Statement on the Future of Journalism」Kerry 氏のサイト、http://kerry.senate.gov/cfm/record.cfm?id=312584

*7:「THE FUTURE OF JOURNALISM STATEMENT TO THE SUBCOMMITTEE ON COMMUNICATIONS, TECHNOLOGY, AND THE INTERNET」Cardin氏のサイト、http://cardin.senate.gov/news/record.cfm?id=312583

*8:「CARDIN TESTIFIES BEFORE COMMERCE COMMITTEE ON THE FUTURE OF NEWSPAPERS AND LOCAL JOURNALISM」Cardin氏のサイト、http://cardin.senate.gov/news/record.cfm?id=312605

*9:「米公聴会でGoogleメイヤー副社長『新聞は広告モデルでの生き残り模索を』」『マイコミジャーナル メディアの革命』、http://journal.mycom.co.jp/column/media/030/index.html

*10:杉田、前掲、p.11.

*11:「『新聞社の未来』は『ジャーナリズムの未来』ではない?」『マイコミジャーナル メディアの革命』、http://journal.mycom.co.jp/column/media/031/index.html

*12:「『新聞社の未来』は『ジャーナリズムの未来』ではない?」『マイコミジャーナル メディアの革命』、http://journal.mycom.co.jp/column/media/031/index.html

*13:杉田、前掲、p.11.

*14:「『オンラインニュース有料化を!』既存メディアとネットの対立が経済危機で再燃」『マイコミジャーナル メディアの革命』、http://journal.mycom.co.jp/column/media/027/index.html

*15:杉田、前掲、p.12.