yuichi0613's diary

yuichi0613の雑記、写真、日々の記録。

アメリカ新聞業界の危機その5 新しいジャーナリズムの出現

アメリカの現状として、新聞の苦境およびジャーナリズムの危機を背景に、新しいジャーナリズムが出現している様子を以下に。



第3節 危機に際しての新しい動き:インターネットを使ったオルターナティヴ・メディアの出現、市民記者を使う大手メディア、調査報道専門組織

メディアの不況によって新聞社の経営状態が悪化、それに伴いジャーナリズムの危機が叫ばれているなか、アメリカではなにが起きているだろうか。
その中でも特徴的ないくつかについて、インターネットを使ったオルターナティヴ・メディアの出現、調査報道を専門とする報道機関、市民を記者に使う大手メディアなど、新聞がこれまでの活動を維持できなくなってきた現状を背景に起きている新しい動きについて触れる。


第1項 インターネットを使ったオルターナティヴ・メディアの出現


政治専門サイトの急成長

2008年のアメリカ大統領選挙が盛り上がるにつれ、政治関連のウェブ・サイトへの注目も高まった。

その代表格が、『ハフィントン・ポスト』(2005年5月創刊)と「ワシントン・ポスト」の記者らが立ち上げた政治専門のニュース・サイト『ポリティコ(Politico)』 (2007年1月創刊)である。発足間もないこれらのサイトは、大統領選挙後も着実に訪問者を伸ばし、現在、ニールセンの2009年11月期におけるユニーク・ユーザー数の調査を見ると、それぞれ898万6,000人 、368万6,000人 と、他の大手メディアのニュース・サイトに匹敵する規模を持つ。


ブログ・メディア

また、池尾伸一が「市民メディア」と表現*1 しているブログ(web log)を使ったオルターナティヴ・メディアとしては、大手メディアにも取り上げられるようなスクープを放つなどジャーナリズム的な成功を収めているものや、読者に一定の影響力を持つサイトとして、『ドラッジ・レポート』 、『トーキング・ポインツ・メモ』 、そして2008年の大統領選では主催の集会に民主党候補7人が集まった左派系ブログ・メディア『デイリー・コス(Daily Kos)』 などがある。また、既存の新聞からレイオフなどで離れた記者達が、いまの新聞が補うことが難しくなっている地方行政や司法分野をカバーするために新しくインターネットでメディアを作った事例もある*2

以上、代表的な例をいくつか示したが、これ以外にも多くのインターネットを使ったサイトがインターネットの普及、既存メディアの不調を背景に出現し始めている。


第2項 調査報道を専門にする報道機関、市民を記者に使う大手メディア


メディア不況によって経営が悪化し、レイオフなどで記者数を減らした新聞が多い。
その結果、自社の記者ではカバーできない範囲が増え、こまやかな取材をすることが困難になった地域も多い。
その隙間を埋める形で、一部では市民や地域の住民を記者として使うメディア企業が現れている。


「市民」を使う大手メディア

ニューヨーク・タイムズ」が2009年3月に立ち上げた、市民ブロガーも参加するハイパー・ローカル・サイト『ザ・ローカル(The Local)』 がそれだ。
このサイトでは、2つ地区毎のサイトがあり、記者が一人ずつ編集を担当して、本紙からの記事だけでなく市民からの記事提供も受ける。
『ザ・ローカル』のサイトのトップ画面には、「Your town. Your neighborhood. Your block. Covered by you and for you.」という言葉が載っており、地域に根ざしたユーザー参加型のメディアであることが強調されている。
このサイトに対しての自社記事*3 や同社のデジタル・プロジェクト担当編集長であるジム・シャクター氏のコメントから、ローカル・サイトとしての新しいジャーナリズムの創成、また地域でのビジネスやメディアとしてのコンテンツの質の維持などが達成できるのかを気にしており、かなり実験的な試みであることが伺える*4


また、主体は新聞ではないが、成功例として特筆すべきものとして、アメリカのケーブル・テレビ向けニュース放送局のCNN(Cable News Network)が2008年2月に開設した読者投稿型ニュース・サイト『アイ・リポート・ドットコム(iReport.com)』 である。投稿されたニュースのうちのいくつかは実際にCNNによって番組で取り上げられることもある
市民の力が存分に発揮された例として、CNNは2009年のイラン大統領選挙の際、市民暴動の勃発によりメディアに対する取材規制が敷かれたなか、現地の声を拾うツールとしてこの『アイ・リポート・ドットコム』を積極的に利用した*5
ただ、市民を記者として使うことには不安もある。サイトのスタート当初は、掲載前には編集も事実確認のチェックもしない(not edited, fact-checked or screened before they post.)ことになっていたが、2008年10月に投稿された虚偽記事を巡るトラブル*6 の対応で、現在ではCNNが番組で使用する場合のみ事前にチェックが入るようになった 。
このように、自社の記者がカバーできない地域において、現地の住民や市民から自社の記事として使えるコンテンツが上げるような仕組みを整えつつある。一定の不安要素もあるが、色々な試行を続けていくうちに改善が可能であろう。


調査報道を行う非営利組織


上記と同じように既存メディアがすでにコストの関係で維持できなくなりつつある分野という意味では、調査報道の分野に関してはそれに絞って報道を行う組織が台頭している。
例えば、「プロパブリカ(ProPublica)」 や「ボイス・オブ・サンディエゴ(Voice of San Diego)」 、「センター・フォー・パブリック・インテグリティ(Center for Public Integrity)」 などが当たる。
これらの組織は慈善活動家や財団などの寄付による財政支援を受けており、彼らは非営利組織として活動しているため収益に縛られずに調査報道を行えるという利点が特徴である。
さらに、発信手段として自身のウェブ・サイトは持っているが、既存のメディアの報道によってニュースを伝えることが主であり、例えば「プロパブリカ」は、大手紙の「USAトゥデイ」の紙面を飾り、ウェブ・サイトの『ポリティコ』にも掲載され、また「ロサンゼルス・タイムズ(Los Angeles Times)」とは取材協力も行って調査報道の内容を伝えるなど、一部メディアとはすでに協力体制を築いている。



※これまでの記事

アメリカ新聞業界の危機
その1 発行部数、広告費の推移
その2 経営危機への対応
その3 サイト無料化と有料化―『NYTimes』とマードック氏
その4 「ジャーナリズムの未来」は「新聞の未来」なのか?
その5 新しいジャーナリズムの出現


日本新聞業界の現状は?
その1 発行部数と広告費の推移
その2 社会の変化、新聞離れ
その3 経営悪化に対応する新聞社
その4 新しいメディア主体の不在

*1:池尾伸一(2007)「米ジャーナリズムの現在 市民メディアの台頭と新聞社の対応―読者の情報発信取り込む双方向サイトを柱に」『新聞研究』No.676,pp14-17.

*2:「解雇された新聞記者、ジャーナリスト業を続けるために挑んだことは」『メディア・パブ』、http://zen.seesaa.net/article/114831342.html

*3:「The Local」『NYTimes.com』、http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9E07E1DA113EF93BA35750C0A96F9C8B63

*4:New York Times、地域版ブログのネットワークを月曜にもローンチへ」『TechCrunch.com』、http://jp.techcrunch.com/archives/20090227new-york-times-expected-to-launch-local-blog-network-on-monday/

*5:「市民ジャーナリズムをフル活用したCNN,イラン騒乱報道で先行」『メディア・パブ』、http://zen.seesaa.net/article/121857532.html

*6:「市民ジャーナリズムの危うさを露呈」『メディア・パブ』、http://zen.seesaa.net/article/107622903.html