yuichi0613's diary

yuichi0613の雑記、写真、日々の記録。

10〜11月はやたら忙しかったから振り返る時間も持てなかった

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じゃあ1日に数十分の時間が取れなかったの?

と言われると、言い訳なんだろうけどね。

 

 

10〜11月は、そもそも大きなイベントが入っていたり、

熊本→沖縄→青森→石巻→熊本→鹿児島→熊本

みたいにやけに外に出る機会が多くて

日々の2拠点生活や通常業務に加えてなかなか時間が取れなかった。

 

 

 

それなりに動いてる。

ただそれって、特に情報発信やメモを取っておかなければ

誰にも伝わることはないのだよなあ、とも。

 

 

写真は石巻。

震災半年後、日和山から見た風景から約十数年。

まちは変わった。

遺構が示すメッセージは変わらない。

自分自身は変われているか。

語る言葉が語られ切ったあとにようやく、 他の参加者やこちらの声がその人の心や気持ちに届く

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日曜日の午後に、またまた町民対話会を開催した。

 

ーー

 

こういう場は、

たくさんの人数に来て欲しいのが正直なところだけど

少人数だからこそできることもある。

 

 

場の流れというのは、

こちらで“管理”しようと思ってできることではない。

 

事務局側が設営や運営し、

集まった参加者がどのようなパーソナリティを持ち

どんな気持ちで参加して

どういう言葉を口から発してくれるか。

 

語られない言葉や表情、うなづきや所作も含めて

そういう全てが場の雰囲気を作り、流れを構成している。

 

 

 

 

今日、1人の参加者がずっとしゃべり続けることになって、正直悩ましかった。

 

 

参加者や登壇者は「早く止めてくれ」

って思っただろうけど、あえて全部聞いた。

さらに、他の参加者から声が出るのを待った。

「語る言葉が語られ切ったあとにようやく、

他の参加者やこちらの声がその人の心や気持ちに届く」

と信じているから。

 

 

時間がまああったからできたが、普通はやらない方がいいかもしれないけど。

 

 

今度お会いした時に特に変わってない可能性もあるけど、

その人の意識や行動に何か変わるきっかけになっているといいな。

 

 

そろそろ対話会も終わりに近づいてきた。

語られるべき言葉が、そろそろ語られたがっている

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暮れ始めた太陽が水平線のあたりを

やや橙色に染める頃に

今日の業務を終えて東海道線を上っていく。

 

電車は海沿いを通るのだけど、

深い青が目に届いて、毎回本当に感動をおぼえる。

 

寂寞の思いに心が引かれるけれど、

家族との時間を大事に日々の生活の価値も高めながら、

まちの価値を知り、体感し、まちにかかわる人たちと

一緒にものごとを動かしていく、ということを大事にしたいとは思っている。

 

 

 

有言は、実行されるべきである。

 

吐かれた言葉は、その人や組織にまとまりついて離れない。

それを貴方は実現できているのか?

日々の思考や行動でそれを体現できているのか?

 

無言だからといって、行動されなくてもいい、というわけではない。

 

無言で意思がないように見えても、

見ている人はじっとその人を見ている。

その人は着いて行く価値がある人なのかを見ている。

 

 

 

ただ、

語られる言葉の裏側に、どんな思いや願いがあるかは

誰しもが気にしている。

 

大きな声じゃなくてもいい。

語られるべき言葉が、そろそろ語られたがっている。

 

町民対話会を終えて

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早いもので

もうひと月を過ぎた

 

何ができるものかなあと悩んでた日々は遠くになり

どう手足として取り組んで先方に役立てるかを考え動く日々。

 

 

ーーー

 

あらゆるビジョンや計画は、

当事者の関わりや意見や納得感がないと

ただの絵に描いたモチになる。

 

 

多様さを受容している社会、日々の変化も早い世界で

もはや「正解」を探り当てることはほぼできなくなった

だからこそ、

「きっとこれが正解だろう」という

みんなで話して決めていった「納得解」が大事なんだと信じている。

 

正解らしきものを

考え、問いかけ、ブラッシュアップし

多くの町民や官民問わずさまざまな力を通じて実現していくしかないからだ。

 

 

 

町民対話会を何度か実施した。

 

おかげさまでこういう場をまわすのも慣れたもので

さらに多様な場を個人的には楽しめるタイプなので、

初めて会う人たちが、いろんなバックグラウンドをもった人たちが

ずっとこの土地に住んでいる人たちが、

何年前かに移住してきた人たちが

対話会という場に集って

お互いのことを話し合い、

聴(ゆる)しあって笑顔が広がっていくことを喜びに感じている。

 

 

どうしても行政側で考えると

こういう場をコントロールしようとしてしまう。

誰々がしゃべって、それに対して司会が…

 

それよりも自分が楽しいと思うのは

「どんな話題が出るか」も含めて、場に任せる。

この会としてはもちろん狙いや目的はあるんだけど、

実のところ「正解を出す場」ではないし、

その正解が出ないことを楽しんだり、

いろいろな人の人柄や人生観がすけて見えたり、

このまちの積み上げた歴史が語られ、共有される場に遭遇できたりする。

 

 

必ずしも、

こちらが想定している方向に揃わなくてもいい。

それでも、ピュアに持っていると信じたい

「少しでもいいまちにしたい」

「未来の世代が生き生きと過ごせるまちを残したい」

「やろうと頑張ってくれる人たちに任せたい、応援したい」

という気持ちのベクトルを

たくさん紡ぎ合わせてまちづくりへにエネルギーにつなげたらどんなに楽しいだろうか。

 

 

 

 

こういうことをしてるのは楽しいなあ。

次はこれを、成果や皆さんの自信につなげる時期だろうな。

 

災害対応は公務を担う皆さんの大きな力の上に成りたっているって感じた

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写真は、小田急に乗るために経由した吉祥寺。

スペシャルビリヤニ。

 

 

ーーー

 

 

すごい雨だった。

 

台風一過…とならずに、ノロノロとあの大きなカタマリが西日本に留まったおかげで

台風の東側にあるこのまちは大きな影響を被ることになった。

山は近い。

近隣で土砂崩れもあった。

ただ、人的被害がなかったのは幸い。

 

それでも、

役場の壁や窓ガラスに叩きつけ周囲の音が聞き取りづらくなるほどの雨粒の音の大きさだけじゃなく、

豪雨対応や土のう対応などでいつもよりガランとした職場の様子、

(さらに電車が運休して止まっていたことにより一定の職員が来ることが叶わなかった)

雨の影響で通行止めを表わす「×」マークばかりになった日本道路情報センターの地図の異様さ、

そして防災担当課に数分おきに来る住民や各所からの電話コールの多さが

この雨が「過去に例のない緊急事態である」ということを物語っていた。

 

 

 

あまり具体的に書けることは少ないんだけど、

よく言われるように

「緊急事態のことは、通常時に備えていないとできない」わけで。

 

逆に言うと

通常時にできていないことは、非常にはできない。

 

 

ふだんはできることが、その場の状況や資源配分によって

容易にできなくなることがある。

それをどうやって影響を小さくできるか。

非常時に直面した時は、そういう振り返りと次への備えが大事。

 

 

 

さらに、

住民の安心と安全を、全身全霊で叶えようとする公務を担う皆さんへの尊敬の念が増した。

 

電車の運休と道路の通行止めでその日は帰れないと覚悟したが、

夜になって、ありがたいことに車に同乗させていただいて旧道でギリギリ帰れることになった。

 

 

何事もなくてよかった。

 

私たちが知覚できない範囲で

運がよかったという話もかなりの程度はあるだろうけど、

その裏には

安心安全を少しでも生み出そうと言う多くの人たちの力、

そして公務を担う人の尽力があるということは忘れられないだろうな。

閑話休題 おすすめの店ってどこ?

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今日は、育ったまちで

ギャラップのストレングスファインダー(いまはクリフトンストレングスか)の勉強会があって、

それに参加してこようといま電車で向かってる。

 

 

で、

お昼にどこ食べに行こうかな?

と考えたときに、

育った街の駅で行きたいお店が思いつかなかった。

 

 

ーー

 

「いいまちですね。

ちなみに、オススメのお店ってありますか?」

 

わりと全国に行く機会の多い自分としては、

ご当地の方にこう聞くことが多い。

で、

さっと出てくる人と、うーん…と言ってあんまり出てこない人がいる。

 

今までは「このまちに住んでるんだから用意していてほしいなあ」

と思うことがあったんだけど、

じゃあ自分が育ったまちの「オススメの店」と言われたら?

 

 

自分が育った市は大きめのまちなので、

これから行く中心駅にはバスで行ったり、ごはんを食べるにしても大きなデパートの中で食べることが多い。

いわゆるまちのご飯屋さんは一定程度残っているけど、

例えば大学生のときに行っていたような定食屋は潰れてチェーン店になっていることが多い。

 

好きなお店、とかになっちゃうと

ゴーゴーカレーかな…とか的外れな話に。

 

 

 

ーーーオススメの店ってありますか?

 

と聞かれたら、

自分が住んでいる地域(駅まで徒歩50分みたいなところ)の近くではいくつかあげられるけど、

ただの通過地点である大きめの駅の近くでは

あんまりそれっぽい店はあげられないなあと感じた。

 

人にオススメするくらい愛着のある店は、

何度か行ったことがあって、

むかし行ったときも最近行ったときも味とかサービスが安定してて

総じていうと、応援したい店ってことなんだと思う。

 

 

今度そういうふうに人に聞くときは、ちょっと意識しつつ、

では今からなにを食べようか。

 

 

 

 

自転車が気持ちよく進むこと、組織が機能して成果を出すことの気持ちよさはどうしたら生み出せるか

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今日は勤務日ではないけど、

ちょくちょく相談がある。

今週は用事が多めなのでまちへは行けず。

 

ーー

自転車のチェーンが錆びた。

キシキシ言うので薬剤を買って錆び取りをすると、あら不思議。

 

最近の自転車の運転では感じられないような、

すっ…と加速できる喜びを感じた。

やっぱり自分の力がそのまま推進力につながるのは気持ちいいなあ。

 

そんなことを思いながら数日経って、やっぱり気になり。

自転車屋さんに行ったら

「もうチェーン変えた方がいいですよ」

と。

 

で、替えた。

激変した。

 

錆びたチェーンでは感じられないような

清々しい加速力と、踏んだ分だけ進んでいく「足ごたえ」。

 

そうか、自転車本来の力を発揮するには

機能するための部品を交換しないといけないんだな。

 

「仕組みが機能している」という実感を得るには、

弥縫策ではダメなんだ。

一時しのぎでも、穴埋めでもダメなんだ。

 

 

「官僚制度」という上意下達の組織が前提の中で、

自治体組織という「組織が機能する」とはどういう気持ち良さがあるんだろうか。

 

そしてそれは、

いま組織が機能していないことについて

個別の問題に対処していくわけではなく、

自転車で言うと

「どの歯車を動かして、これは交換して、これは廃棄する」

ということもあり得るんじゃないか。

 

 

地域の未来にいい影響を与えるためには、

どういう組織形態をとって、どういう仕組みや制度を機能させていくのがいいのか。

組織の成熟度が高まっていない中で、

マネジメントサイクルをどう回していくのか、どう成果を出して「住民のありがとう」を創り出していくのか。

 

 

自転車のチェーンから広げすぎたけども、

制度を入れればうまく回るなんて、幻想。

考えるべきは、

自転車に過剰なマシンを積むよりも、

自分たちのいまの力をどれだけ効果的・効率的に「進む」ということに繋げられるか。

 

 

まちの話で言えば、

「答え」は行政の中にはなく、いつも地域や住民の立ち位置にある。