yuichi0613's diary

yuichi0613の雑記、写真、日々の記録。

「フリーペーパーの衝撃」(稲垣太郎)読んだよ

メディアに多少なりとも目を向けていると、当然フリーペーパーにもひっかかる。
ということで、なんとなく買ってからずいぶんたったけども読んでみた。


フリーペーパーの衝撃 (集英社新書 424B)

フリーペーパーの衝撃 (集英社新書 424B)

まずは第一章で、異業種からフリーペーパー業界に参入して成功をしたひとたちの事例を通して「フリーペーパーとはなにか」を描く。
第二章では、日本の現状。
「フリーマガジン大国・日本」と題して、いかに日本ではフリーペーパーが浸透しているかがわかる。
次は第三章の「問われる広告効果」。
これまでのマス的な広く浅くの広告から、ターゲットを絞った広告方法としてフリーペーパーが注目されているという話。
第四章、は海外の無料紙について。
スウェーデンに端を発した無料日刊紙『メトロ』。その出現からメディア状況は変わった。無料日刊紙ははじめ欧米各国で「侵略者」と言われながらもその版図を拡大し、いまではスウェーデンをはじめとしてイギリス、フランス、スペインや韓国でも無料日刊紙は浸透している。
ただ、識者によるとその国での競争はだいたい2紙が限界だろうということ。
市場は存外小さく、またさきに参入したほうが有利であるという観測もでている。

このあとがおもしろい。
第五章には「日本に『メトロ』が登場する日」。
「HEADLINE TODAY(にちに『TOKYO HEADLINE』)」が02年に無料日刊紙としてデビューしたときの苦労話が
興味深い。
既存紙・通信社業界の高い壁という表現がされていた。

いろいろと準備をしていると、脅迫の電話がかかってきたり。
通信社の壁は以下。一部を引用する。

記事配信を国内の通信社に申し入れたが、徒労に終わった。共同通信社には「有料紙の加盟社からお金をいただいている社団法人としての立場から協力はできない」と門前払いを食わされた。時事通信社には常務に直接会いに行き、いい感触を得た。提供データや料金の話まで進み、いざ契約という段になって、担当者から「ご協力できません」と断られた。

なんらかの圧力がかかってそうな記述。

広告業界も駄目だった。
フリーペーパー置き場としてお願いした営団地下鉄も、「ニュースを扱う無料媒体を駅構内に入れることはできない」として、売店の新聞や雑誌への配慮が見られた。JR東日本も断られた。
印刷業者の確保も一苦労。

創刊者のひとりは「業界全体に包囲網ができていることを感じた」という。

02年当時の状況、日本における新規参入の難しさがよくわかる。
こええ。

そのあとの内容は高校生のフリーペーパー発行の話と対談。あまり興味はない。

この著者が記す今回の本の内容の射程は、あくまでニュース報道をする無料日刊紙に限らずに、エンターテイメントを含むフリーペーパーといえそうだ。
そして、私が関心の中心においている無料の「ニュースペーパー」についてもよく書かれている。

『メトロ』の発案者、ペッレ・アンデション氏に収入を広告のみに依存する新聞ジャーナリズムが成り立つのか聞いているのだが、いわく新聞収支のなかの配送料をなくせばそのまま無料紙として配れるじゃんという発想らしい。そして、提供している情報も、有料紙と無料紙ともに同じだから大丈夫だろという。ここについてはもう少し情報がほしい。

はたして新聞を購読しているひとたちは、日本で創刊されたフリーペーパーに移るのだろうか。
「ニュースを読みたいひと」、「読みたいけど難しいなどで読めないひと」。
「読めるひと」、「読みたいけど時間がないひと」。
このギャップを埋めるのが簡単で持ち運びやすいフリーペーパーだろう。
一方で、「あくまで新聞紙を読むひと」というのは一定数からは減らないと思う。たしかな需要があるともうからだ。
だから、いかにそのひとたちを増やすか、減らさないか、そのひとたちだけで経営を成り立たせていくかだ。
それには、新聞紙の購読料では圧倒的に足りない。
ネットの収入も全体の収入の割合でいうといまだ一ケタ台。

新聞の存在意義が問われている昨今。
購読数を増やすために、ある意味で「新聞紙を売らない」方法、営業努力による購読数拡大を果たしてきた。
それがいいか悪いかはとりあえず問わない。
しかし、フリーペーパーの台頭、またネットへの移行が起きると購読数の減少は免れえない。
そこにこれからのメディア業界の変化の鍵がある。

もうぐだぐだなので以上。