yuichi0613's diary

yuichi0613の雑記、写真、日々の記録。

アメリカ新聞業界の危機その3 サイト無料化と有料化―『NYTimes』とマードック氏

その3。
無料化の流れはほぼ失敗という様子。
一方で、有料化も難しいかもね、という内容。


第3項 オンライン・シフト先進紙NYTの苦悩とマードック氏「サイト有料化」の流れ


ニューヨーク・タイムズ」はアメリカの代表的な新聞のひとつである。
1851年の創刊から約150年の間、アメリカのジャーナリズムを担ってきた。
2009年12月現在でピューリッツァー賞を101回受賞しており、これは世界の報道機関の中でもっとも多い *1。発行部数は同年4月〜9月期のABCのデータによると約92万部(前年同期比7%減)で国内第3位の部数を誇る。


そして、紙の新聞としての歴史もジャーナリズム的な実績も十二分にあるこの著名な報道機関は、新聞のオンライン化への取り組みも大変熱心であった。
1996年からオンライン事業を始めているが、昨今の新聞紙の広告収入の減少、また発行部数の減少による経営不振が深刻になる前に、インターネットにおいて地歩を固め、その頃成長し続けていたオンライン広告の競争力を得るため、他の新聞に先駆けて本格的なオンライン化戦略をとった。


実際に同社がサイト上で提供している主要サービスが、以下の表 2である。

表 2 ニューヨーク・タイムズのサイトのオンラインサービス一覧
(出典:田中善一郎[2009]*2



登録すればニュースを自動配信してくれるRSSフィーダー、ポッド・キャスティングやビデオの配信などを提供している他に、「Blogrunner」によるサイト内でのブログの活用、1851年からの記事を読むことが出来る「デジタル・アーカイブ」や、まだ試作段階だが、どのような記事を表示、受信するかを自分の好きなようにカスタマイズできるパーソナライズド・ページ「MyTimes」など、充実したサービス提供を行っている。
その甲斐もあり、『NYTimes.com』は「SNSやブログなどのソーシャルメディアに最も多く引用されており、また豊富なソーシャルメディア機能を介してユーザーとのインタラクティブな関係も築いている *3」とオンライン化によってインターネット・ユーザーと良い関係を構築できている。
また、アメリカの大手調査会社ニールセン(Nielsen)の調査によると、2009年11月のサイトへの訪問者を表すユニーク・ユーザー 数は1,663万5,000人*4 と新聞社系のサイト単体ではアメリカで最もユーザーが多いサイトである。

このように、様々なサービスを提供し、最もユーザーから利用されている新聞社系サイトとしてオンラインでの存在感もある同社は、オンライン化によって果実を得たのか。
当時の同社のオンライン事業の取り組みや無料化に踏み切った背景、そして現状について、「ニューヨーク・タイムズ」のウェブへの取り組みに関する佐々木良寿*5田中善一郎*6 のレポートを参考に、同社が歩んだ道を辿ることで、オンライン化を巡る新聞社の状況を見てみたい。


2007年9月に「ニューヨーク・タイムズ」のウェブ・サイトである『NYTimes.com』においてそれまで有料サービスであった「タイムズ・セレクト」の無料化を行い、ウェブ版の全面無料化に舵を切った。
またこのとき、1987年以降の全ての記事の無料化、さらに1851年からの記事全てにパーマ・リンクを設定し、オンライン・アーカイブを充実させている。


「タイムズ・セレクト」は2005年9月に開始したサービスで、同紙掲載のコラム欄へのアクセス、1981年以降の過去記事検索、登録者が設定したテーマにあわせたメールでの記事紹介が可能だった。
料金は年間契約が49.9ドル、月ごとでは7.95ドル、購読者は無料で提供されていた。
サービス開始時のプレスリリースによると、このサービスの目的として、広告収入中心の収益構造に登録料金を加える「収益源の多極化」と位置付けていたという*7
事実、単独加入者数が22万7,000人、登録料収入で年に約1,000万ドルを数えた。

しかし、そのころ台頭してきたGoogleやYahoo!といった会社の検索サービスを使って記事単体へアクセスするユーザーが急増したことを背景に、ウェブ版の最高責任者ビビアン・シラー上席副社長は、記事の無料化で見込まれるユーザー数の増加、オンライン広告収入の増加が「タイムズ・セレクト」の収入を上回ると判断、ウェブ版の無料化へ踏み切ったとしている*8

次に田中のレポートから、オンライン事業に大きく舵を切った「ニューヨーク・タイムズ」が2007年当時に感じたであろう勝算とその手ごたえを同社の四半期決算書の数字から推察し、そしてその後に突如として起こったサブプライム・ローン問題に端を発する不況の影響について見てみる。

ニューヨーク・タイムズ」がオンライン化に向けて一気に進むことができた理由はなんだろうか。
今からこの時期の四半期ごとの決算報告書の数字から見れば、その目論見には根拠があるように思える。
田中は前掲のレポートで、図 7にあるように新聞各社の経営がマイナス成長に突入した2007年にあって、同社はインターネット事業に投資していたおかげでオンライン売り上げの下支えを得て、同年第3四半期においてプラス成長をすることができたと指摘している。
また、図 8で示されているように、オンライン広告の伸び率は2007年第3四半期までは20%の伸び率を維持していたことを見ても、先行的な取り組みの成果は出ていたと言える。


しかし、2007年末にサブプライム・ローン問題に端を発する不況が新聞業界を襲った。
その結果、図 7、図 8に示されている通り、2008年以降は急激な売り上げおよびオンライン広告の伸び率の急降下が起きた。
同社はオンライン事業へ本腰に入れる上で、オンライン売り上げの成長を前提にしていたが、経済不況によって一気に経営危機に陥ってしまう。
図9は同社の広告売上と販売売上の推移を表している。これによると販売収入はほとんど変化していないが、2005年以後の広告売上のピークから徐々に売上が減少している。
新聞購読料の値上げによる販売売上の増加と、12月8日に発表された第4四半期決算報告予想*9 の広告売上の減少分が約25%であることを加味すれば、広告売上と販売収入の差はかなり縮まるだろう。
前述の通り、アメリカの新聞業界は総収入に対する割合において販売収入よりも広告収入に大きく依存するビジネス・モデルを取ってきた。
しかし、こうした傾向はこのビジネス・モデルがいまの時代、通用しなくなったことを示唆していると言える。

図 7 ニューヨーク・タイムズ社の四半期別総売上と広告売上の前年同期比伸び率
(出典:同社の四半期決算報告より*10




図 8 ニューヨーク・タイムズ社の四半期別インターネット売り上げと前年同期比伸び率
(出典:同社の四半期決算報告より*11




図 9 ニューヨーク・タイムズ社の広告売り上げと販売売り上げ
注:単位は1,000ドル、2009年は第3四半期までの数字
(出典:同社の四半期決算報告より*12


しかし、明るい兆しもある。
前述の2009年の第4四半期予想のプレスリリースにおいて、オンラインの広告売上が、前年同期比で約10%の増加と予想されることを明らかにした。
本業の紙の広告売上の減少幅が大きいのではっきりと好調とは言えないが、2005年に買収をした総合情報サイト『About.com』のオンライン広告の売上が成長を見せたことがいい影響を与えている。
また、新しくGoogleと協力して特定のテーマ毎にニュース閲覧をしやすくする『Living Stories 』という実験的なサイトを大手紙「ワシントン・ポスト(Washington Post)」とともに同年12月にオープンしている。
オンラインで挑戦を続ける「ニューヨーク・タイムズ」の取り組みは今後も注目され続けるだろう。

(筆者注:2010年1月18日時点、「ニューヨーク・タイムズ」がオンラインの無料化方針を捨て、サイトの「有料課金」を始めるとの一報が入っている*13。これについては、また他でまとめたい。)




一方、無料化とは違う動きを積極的に見せる人物もいる。世界的なメディア・コングロマリットであるニューズ・コーポレーション(News Corporation)の会長兼最高経営責任者であるルパード・マードック氏は、傘下の新聞のオンライン版について、有料化を目指している。


マードック氏は、2009年11月9日に自身が所有するオーストラリアのテレビ局が行ったインタビュー*14 に答えて、Googleに対し「我々のニュースを盗んでいる」と非難。
今後はGoogleによる検索によって自社の有料記事へ無料でアクセスされることを拒否し、オンラインの有料化を目指すと発言した。
ニューズ社の子会社であるダウ・ジョーンズ(Dow Jones)社発行の高級経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)」を有しているが、数少ないオンライン・サイトの有料化に成功しており、そのモデルの普及を目指している。

有料化を目指す背景として、無料のニュース提供によって訪問客を集めてオンライン広告の収入を得るという従来のオンラインでのビジネス・モデルが、景気後退のあおりをうけて大きくつまずいたことにある。
これまで無料で提供されてきたオンラインでのニュース配信の形を変えて、うまく収入に結びつけることができないか。そういった模索がこのメディアの広告不況を契機に盛り上がっている。
2009年の2月、アメリカ版『タイム』誌が「あなたの新聞を救う方法」という特集を組んだのを皮切りに、約半年の間に、「ニューズ・デイ」を所有するケーブル・ビジョン社、日刊紙15紙を所有するハースト(Hearst)社、前述のニューヨーク・タイムズ社のザルツ・バーガー社主、そしてマードック氏らが自社サイトの有料化または課金に前向きな旨の発言をしている。
特にマードック氏は5月に、今後1年以内にニューズ社傘下の新聞社サイトに課金を始めると発言。また、サイトを無料にして広告収入を稼ぐビジネス・モデルを欠陥品呼ばわりしている*15


オンラインの有料化と無料化の間のジレンマは、オンラインでのニュース提供を考える新聞社にとって共通の悩みだ。
有料課金をすることでオンラインでのニュース閲覧によって安定的な収入を得ることができる一方で、閲覧者は他の無料サイトに逃げてしまい、広告収入が落ち込んでしまう。
また、サイトへの訪問者の減少は、新聞およびサイトのブランド・イメージやメディアとしての影響力を低下させかねない。こうした有料課金による影響を、アメリカでは「有料の壁(pay wall)」と表現している。
ニューヨーク・タイムズ」のように、有料課金をスタートさせたが、オンラインの広告収入の増加に活路を見出して広告モデルに転換。
だが、今般のメディアの広告不況によって経営が悪化し、現在では有料課金を検討しているという新聞社もある。


しかし、有料のニュース・サイトの成功例は数少ない。成功した例には、金融情報とハイパー・ローカル、つまり地方に特化というニッチな情報において強みを持つ「経済紙系」か「地方紙系」が占めるという*16
その代表格が「ウォール・ストリート・ジャーナル」であり、1996年のサイト開設から課金制を続けてきた。

週1.99ドルの定期購読料を支払えば、ビジネスやテクノロジーのジャンルに多くある有料記事や、株式データなどの閲覧が可能になっており、有料会員は100万人を超えるという*17
また、「地方紙系」では現在でも「アーカンソー・デモクラット・ガゼット(Arkansas Democrat-Gazette)」の『アーカンソー・オンライン(Arkansas Online)』や「ブレティン(Bulletin)」の『bendbulletin.com』など数紙が、オンラインの課金で一定の収益を上げている*18 という。
なお、「有料の壁」の参考に他の社に先駆けて2009年11月に週5ドルの課金でサイト有料化に踏み切ったケーブル・テレビジョン社の「ニューズ・デイ」のサイト『Newsday.com』の事例を見てみる。ニールセンの調査データによると、ユニーク・ユーザー数が無料期間の10月に210万人であったのが、有料化に踏み切った11月には170万人と21%の減少にとどまった*19

スポーツ・ジャンルとローカル・ニュースに「有料の壁」を設けた「ニューズ・デイ」の有料化戦略の成否はもう少し様子を見る必要があるだろうが、オンライン上のサイトの有料課金の試みは始まったばかりだ。


また、マードック氏は最近、サイトの有料課金だけでなく、Googleなどを対象としてインターネット上でのニュース利用の方法についても動きを起こしている。
それは、Googleのサービスとニューズ・コーポレーション傘下のニュース記事を切り離そうとする動きだ。これまでGoogleは、Google Newsという様々なニュース・サイトからアップ・デートされる記事をリンクの形で集めてニュースを集約して提供するサービスに関して、新聞社などからニュースをただで使っていると批判を受けている。
Googleはリンクをすることで新聞社側にユーザーを誘導することで貢献していると主張するが、新聞社側は自社で高いコストをかけて調達した記事を無料で使われていることが我慢ならない。
ニューズ社はGoogle離れの一環として、Googleとインターネット事業で競争相手であるマイクロソフト(Microsoft)社との提携を図り、同社が運営する検索サービス『Bing』を使ってニューズ・コーポレーション傘下のニュース記事を『Bing』に優先的に提供すること、また『Bing』でのニュース利用に対してマイクロソフトニューズ・コーポレーションに対価を支払うという方向で交渉が進んでいるという*20
この提携の背後に、Googleにも新聞などのニュース利用に対して対価を支払うべきだとするマードック氏の考えが透けて見える。
Googleもこうした動きに対して、検索などでメディア各社の有料二ュース記事を閲覧する際の、1ユーザーあたりの閲覧回数を1日5つの記事に制限する施策を導入すると発表した*21
これまでは有料記事でも、Googleの検索サービスを経由すれば無料で閲覧することができたので、メディア側の不満に応えた形だ。


「情報は無料」という文化が根付いているインターネットと、「無料の情報提供はありえない」とするマードックを代表とした新聞などのメディア側との綱引きが今後はさらに激しくなるだろう。



※これまでの記事

アメリカ新聞業界の危機
その1 発行部数、広告費の推移
その2 経営危機への対応
その3 サイト無料化と有料化―『NYTimes』とマードック氏
その4 「ジャーナリズムの未来」は「新聞の未来」なのか?
その5 新しいジャーナリズムの出現


日本新聞業界の現状は?
その1 発行部数と広告費の推移
その2 社会の変化、新聞離れ
その3 経営悪化に対応する新聞社
その4 新しいメディア主体の不在

*1:「The Times Wins 5 Pulitzer Prizes」『NYTimes.com』、http://www.nytimes.com/2009/04/21/business/media/21pulitzer.html

*2:田中a、前掲、p.51。

*3:田中善一郎a(2009)「底なしの広告収入減にあえぐアメリカの新聞社の今後」『Journalism』No.232、p.54。

*4:「EXCLUSIVE: Traffic at Top Newspaper Web Sites Declines in November」『EditorandPublisher.com』、http://www.editorandpublisher.com/eandp/news/article_display.jsp?vnu_content_id=1004054469

*5:佐々木良寿(20007)「米ジャーナリズムの現在 ウェブシフトとニュースルーム改革―ニューヨーク・タイムズ紙を中心に」『新聞研究』No.676、pp.10-13。

*6:田中a、前掲、pp.48-55。

*7:佐々木良寿、前掲、p.10。

*8:佐々木良寿、前掲、p.10。

*9:プレスリリース「The New York Times Company Announces Updated Expectations for 2009」『NYtimes.com』、http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=105317&p=irol-pressArticle&ID=1363281&highlight=

*10:プレスリリースhttp://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=105317&p=irol-press。※図はメディア・パブhttp://zen.seesaa.net/article/131260469.htmlを参照

*11:プレスリリースhttp://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=105317&p=irol-press。※図はメディア・パブhttp://zen.seesaa.net/article/131260469.htmlを参照

*12:プレスリリースhttp://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=105317&p=irol-press。※図はメディア・パブhttp://zen.seesaa.net/article/131260469.htmlを参照

*13:New York Times Ready to Charge Online Readers Read more」『nymag.com』、http://nymag.com/daily/intel/2010/01new_york_times_set_to_mimic_ws.html

*14: 「News Corp. Considers a Google Ban」『WSJ Blogs』、http://blogs.wsj.com/digits/2009/11/09/news-corp-considers-a-google-ban/および、Sky News Australia によるインタビュー動画http://www.youtube.com/watch?v=M7GkJqRv3BI

*15:松井正(2009)「米新聞界 再生への道 ネットニュース、課金への模索―広告不況を背景に急浮上した有料化論議」No.698、p.18-19。

*16:松井、前掲、p.19.

*17:松井、前掲、p.19.

*18:松井、前掲、p.20.

*19:「Pay Wall Drives Newsday.com Traffic Down, Paper Says According To Plan」『mediapost.com』、http://www.mediapost.com/publications/?fa=Articles.showArticle&art_aid=118960

*20:「News Corp.がGoogle検索を拒否へ−Microsoft「Bing」と提携の動き」『enterprise.watch 』、http://enterprise.watch.impress.co.jp/docs/series/infostand/20091130_332341.html

*21:「News Corp.がGoogleに宣戦布告――その背景 」『ITmedia 』、http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0912/07/news028.html