アメリカ新聞業界の危機その1 発行部数、広告費の推移
ちょっと色々触発されたので、駄文をポストしてみる。
第1章 アメリカと日本の新聞業界の現状
欧米や日本など先進諸国においてこれまでジャーナリズムを担ってきた新聞業界は、2007年秋に発生したサブプライム・ローンに端を発した経済危機によるメディア業界の不況、インターネットの普及による読者の生活スタイルの変化、「新聞離れ」などにより、その規模を縮小し始めている。
その結果、特にアメリカでは新聞産業の保護やジャーナリズムの質の維持のための様々な議論や試みがなされている。
アメリカが直面している新聞およびジャーナリズムの危機と、その状況を背景に広がりつつある既存メディア以外のオルターナティヴなメディアが出現している現状について整理したい。
そののち、日本での新聞業界の現状にも触れる。
第1節 危機に陥るアメリカ新聞業界
第1項 アメリカにおける新聞紙の発行部数と広告費の推移
新聞の発行部数は長期的な減少傾向
図 3 米アリゾナ州の地方紙East Valley Tribuneの廃刊を伝える紙面
(出典:メディア・パブ2009年11月7日記事*1 )
2009年11月、「END OF AN ERA」という言葉を紙面に掲げて、アメリカの老舗地方紙が大晦日に廃刊することを発表した。
米アリゾナ州の地方紙「イースト・バレー・トリビューン(East Valley Tribune)」は1891年創刊した老舗紙であったが、廃刊に伴って従業員140人はレイオフされるということが決定していた。
アメリカでの新聞産業の現状を俯瞰するために、アメリカ新聞協会(Newspaper Association of America、略称NAA)のサイトに載っている統計資料を見てみる。
それによると、2008年時点で、有料日刊紙の数は1,408紙、総発行部数は4,859万部(朝刊872紙で4,275万部、夕刊546紙で584万部)が1年に発行されているという(図4、5を参照)。
また、これに加えて日曜のみ発行される新聞もあり、これは902紙で約4,900万部が発行されている。
下記の図4には1980年からの推移を載せたが、新聞の有料日刊紙の総数自体は約1800部から約1400部へと大きくは減っていない一方で、総発行部数は1980年代をピークに下がり続け、特に2000年前後を境に夕刊紙だけでなくそれまで堅調だった朝刊紙も減り始め、2006年と2008年を契機として減少のスピードを早めているのがわかる。
図 4 アメリカの有料日刊紙の数
(出典:NAA, Total-Paid-Circulationより筆者作成*2 )
図 5 アメリカの有料日刊紙のうち、朝・夕刊紙の部数と総発行部数
(出典:NAA, Total-Paid-Circulationより筆者作成*3 )
ここに示される総発行部数の推移のみを見れば、「危機」という言葉は大袈裟に感じるかもしれないが、アメリカの新聞社のビジネス・モデルは購読収入よりも広告収入に大きく依存しており、新聞社の総売り上げのうち広告収入の割合は85%以上*4 となっているため、次に示す広告費の推移が重要になる。
リーマン・ショック後の広告不況の大きな傷跡
以下の図は1990年からのプリント(紙媒体)広告費収入、2003年からのオンライン広告費収入とそれぞれの伸び率が記載されている(図 6参照)。
これによると、2005年前後はプリント広告費の成長はほぼ横ばい、オンライン広告の堅調な伸びという傾向が見えるが、プリント広告は2006年にマイナス成長になり2008年にはマイナス17.7%というかつてない減少率を記録している(売上は約347億ドル)。
元データでは、プリント広告を「小売(Retail)」と「クラシファイド(Classified) 」に分けているが、このクラシファイド広告が2008年に約30%の減少を見せており、プリント広告の減少に大きく影響している。
オンライン広告に関しても、2006年までの3年間は30%前後の伸びを続けていたが、2007年に18.8%に鈍化させ、2008年にはマイナス1.8%に落ちた(売上は約31億ドル)。
図 6 プリント広告とオンライン広告費の推移と伸び率
(出典:NAA, Annual-Newspaper-Ad-Expendituresより筆者作成*5 )
このように発行紙および部数から見ると、紙メディアとしての新聞業界は、すでに長期的にゆるやかな減少カーブを描いていることがわかる。
広告費に関しては高水準で推移してきてはいるが、すでに2006年から成長率を鈍化させており、2008年秋には急激な減少カーブを描くきっかけとなったメディア業界の広告不況に襲われる。藤田博司は2006年の論文*6 でこの年を「発行部数の激減、取材要因や編集経費の削減、投資家による新聞経営への容喙」などを背景として「米国のメディアを取り巻く状況が一段と流動的な様相を強めつつある」とし、ニュースの伝達が紙からウェブに移行する現状にありながら新しいビジネス・モデルを描けないでいるアメリカ新聞業界の模索を書いている。
新聞業界の構造としては、この年からすでに綻びが生じていたと考えることもできる。
なお、前出のアメリカ新聞協会の資料から、2008年のオンライン収入は31億900万ドルであり、一方のプリント広告は347億4,000万ドルと、オンライン広告がいまだにプリント広告の10分の1程度の規模でしかなく、いまだ新聞社の広告費の収益構造にとってはプリント広告が大部分を占めることを指摘しておく。
出口が見えない広告費の不調
アメリカ新聞協会が2009年11月に発表した最新の第3四半期広告売上によると、プリント、オンラインを合わせた総広告収入は前期比でマイナス27.9%(売上は約64億ドル)と、13四半期連続してマイナス成長となり*7 、新聞社のプリント、オンライン広告費がいまだ出口の見えないトンネルの中にいることが伺える。
※これまでの記事
アメリカ新聞業界の危機
その1 発行部数、広告費の推移
その2 経営危機への対応
その3 サイト無料化と有料化―『NYTimes』とマードック氏
その4 「ジャーナリズムの未来」は「新聞の未来」なのか?
その5 新しいジャーナリズムの出現
日本新聞業界の現状は?
その1 発行部数と広告費の推移
その2 社会の変化、新聞離れ
その3 経営悪化に対応する新聞社
その4 新しいメディア主体の不在
*1:「『新聞の時代が終わった』と言い残し,East Valley Tribune紙が大晦日に廃刊へ」『メディア・パブ』、http://zen.seesaa.net/article/133850768.html
*2:『Newspaper Association of America』、http://www.naa.org/TrendsandNumbers/Total-Paid-Circulation.aspx
*3:『Newspaper Association of America』、http://www.naa.org/TrendsandNumbers/Total-Paid-Circulation.aspx
*4:歌川令三(2005)『新聞がなくなる日』p.99。70%前後とする人もいる。
*5:『Newspaper Association of America』、http://www.naa.org/TrendsandNumbers/Advertising-Expenditures.aspx
*6:藤田博司(2006)「岐路に立つ既存メディア―ウェブ時代に将来見渡せぬ米ジャーナリズム」『新聞研究』No.660,2006年7月号,pp.46-49.
*7:「Ad Revenue Sees 13th Consecutive Quarter of Decline in Q3」『EditorandPublisher.com』、http://www.editorandpublisher.com/eandp/news/article_display.jsp?vnu_content_id=1004044750