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yuichi0613's diary

yuichi0613の雑記、写真、日々の記録。

それは突然に終わることもある

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 (以前訪れた藤枝市役所のステンドグラス)

 

 

 

それは、突然に終わることもある。

 

人の命、人の生。

 

いくら周りが望もうとも、いくら本人が願おうとも、それは突然に、それはもう突然に。

 

 

 

見える風景がかわる。

あのとき見えた風景は、もうすでに色あせた風景。

愛は人を救わず、ただ大きな哀しみを置き土産にする。

 

 

それはもう、突然に。

 

 

哀しみを背負うごとに、いまを限りなく楽しみつくそうと思う。

胸を焦がす情熱を絶やさないようにしたいと感じる。

悪びれぬ愛で世の中を満たそうと決意する。

 

 

 

生きるというのは、そういうことなのかもしれない。

 

 

 

2017.03.10 R.I.P

はてなブックマークをつけ、日記を書くという行動様式について


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食べかけで申し訳ないのだけど、静岡県袋井市にある法多山の名物おだんご「厄除団子」。

くしだんごの名前の通りなんだけど、小さめのもちを横から串刺し、食べやすくなってる。たまたま家に持って帰ったので少しチンしたら柔らかくてほんとおいしかった。

 

===

 

最近、またはてなブックマークをつけ始めた。

大学のときはやたら時間があったので、PCでせこせこブクマコメントをよくつけてた。

大学院の修士論文を書いてるときも、ウェブがひとつのテーマだったのでかなり役立てた覚えがある。

 

就職して日々の生活を送るかぎりだと、あたりまえですがPCでホッテントリとか見るのもアレで、でもケータイではてブするのもタグ付けがあんまりだったこともあり、生活習慣から一度外れた。

 

最近、日記をつけたりしてて、あれ、はてブのアプリがあるじゃんということで、見てみたらその辺りが改善されていて前よりはてブがしやすくなっていた。

 

というわけでまたお世話になります。

ウェブの風景はいろいろ様変わりしてるけど、はてブの風景は良くも悪くもあんまり変わってないと思う。

 

まる。

 

高畑勲氏のインタビューをメモ

たまたま娘に見せようと思って借りた、ジブリのアニメーション「パンダコパンダ」に特典映像で高畑勲氏のインタビューが収録されていた。

インタビューアは坂上みき氏。2001年に収録。

気になったところだけメモ。

 

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ミミからハイジへ パンダからトトロへ ~高畑勲宮崎駿の原点~

 

高畑氏:
パンダコパンダ」は、そのあとの仕事の基本になったもののなかで、大切なもの。仲間と一緒に同じことを考えて、それを実現した。

 


高畑氏:
児童文学に「Every Day Magic」というのがある。
地にしっかり足をすえて物語をつくったほうがいいということを思った。

 

 

 

高畑氏:
宮崎駿は、男系家族なんです。女性への憧れ、こうあってほしいというのが強い。
なので健気で…ご存じのとおりの女性像が出てくるんです。

 


高畑氏:
(2作目の「雨降りサーカス」について)
水底に街が…というのに心がときめく。
宮崎駿は、漠然としたイメージ…こうすれば心がときめくんじゃないかというのを具体的なイメージボードに書き、大きな説得力を持つことができる。

どういう話をするかというより、次の話をこういうものを実現したらどうかというイメージを持ち出すことができる。
子どもたちが生きている日常が一変する、こんなに心がときめく、というのが「パンダコパンダ」の2作品。
「水の中が…」となればどんなに心がときめくだろう、というのを実現してみたい。
そういうファンタジー。

 


高畑氏:
(「○○の2作目をつくってほしい」というのは言われるが)
同じものをつくるわけにはいかない。
ディズニーの方の講演を聞いたとき同じ話をしていて、
「いつもピノキオをつくっているわけにはいかない」と。
作り手としてはそう。
そのときどきの状況に応じて作品を作っている。
「ピノキオ」はすごい予算をかけて技術的にすごいことをやっている。
ほかの作品に求める声もあるだろうが、同じことをやるわけにいかないということ。

 

高畑氏:
(改めて「パンダコパンダ」に対して感じること)
スタイルが変わった。
非常に簡潔で、好きなんですね。
最近はアニメーションが進化して、密度が高まってしまった。
それは必然性があったのだろうけど、
ほっとする、これくらいの密度でしっかり作られていたらいいのではないか。
作り込めば、キリがない。
抑えて、説得力やリアリティもある込み入っていないもの。

 

 

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密度の話なんかとても面白いなあ。

ほかにも日常の説得力があったうえで物語がある、といった話もあり面白かったのでメモ。

昨年末にマリオランへ課金したのは、買い切り形式だったのも1つの大きな理由

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昨年末、中央道の藤野から見た景色。

山の端に向かって夕方と夜の綺麗なグラデーションが見られた。

 

 

===

 

マリオランに課金して、コイン集めコース1週半するなど一通り(2日くらい)遊んで、正直に言うと、いまではたまにしか起動しなくなった。

 

これで1200円というと、高いかもなあとも思うけど。

 

フリーミアムの課金形式が当たり前で売り上げも伸びまくるアプリ課金は、やっぱしどこかで「なんか違うんじゃないかなあ」と言う機会があったほうがいいと、自分がスマホゲームで課金した経験や、通勤・帰宅電車の中を見回して思ったりもする。

 

 

面白いゲームってなんだろ、ゲーム性、という話も含めていろいろ考えるで。

なんか書こうと思ったけど忘れた…たぶん無駄な時間について

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年末。

 

 

写真は、前職の近くにあった本格カレーのお店。店舗移転を経て、店舗の業態を変えてしまうようで年内最後の舌鼓。

 

===

 

いろいろ事情があり、死ぬほど暇な時間を過ごした。

 

 

 その時間になぜか、昔どんなブログを書いてたかなあとブログのエントリーを遡って読んだりしていた。

 

 

あんなこともあったな、こんなこともという思いが去来したが、3.11の津波被害を受けた石巻、女川を9月に訪れたエントリーに、心がざわついた。

 

私に想像力がないからこそ、ガレキの山と化した町並みをみて、言葉が出なかった。

そこに人々の生きた痕跡がないことの恐ろしさを、芯から感じることができなかった。

 

その恐ろしさを、人が語るのを聞いてようやく、自分の中に哀しみと満ち足りた生への渇望が生まれた。

 

 

と。

ここまで書いて放置してしまったゆえ、

なにを書こうか忘れてたしまったのだけど、きっと私は「いろいろ事情があり、死ぬほど暇な時間などと言わず、時間を無駄に生きてはいけないよ」ということを自分に言いたかったのだと思う。

 

過去を振り返り、いまの生を省みると、遠くまで来たものだと思う。

そして、もっと遠くに行きたいとも心から思う。

見上げた空の青さを心に留めつつ、未来を希望に満ちたものにしたいと思う、2016の年末でした。

 

図らずも自分がやる気について考える年末になりました

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写真は表参道のイルミネーション。

 普段は日本橋だから感じるけど、都心は過剰電飾ですね。キレイだけども。

 

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リハビリと言って更新してこうと思ってたけど、ひとつの多忙が重なればたちまち更新できず習慣化されず終い。

 

 

「ひとのやる気は続かない」というのは、何度となく自分がそれを「実践」してきたし、いまみたいに「ひとにやる気を見つけ出してもらう」というような取り組みに関わっていれば、本当に数多の例を見てきている。

 

「私、ここから離れてもやる気で頑張ります」

「絶対来年も有給とって来ます!」

「ここで学んだことを忘れず、宣言したことに取り組みます」

 

そういったコミットメントもやる気も覚悟も、「日常」とやらが襲いかかればひとたまりもない。

 

どうしてもひとは易きに流れる、つらいほうより楽な方の意思決定をする、自分が望ましいと思っても新たなやり方をしたり他の人のやり方を否定するのを好まない、他人のせいにして自分の決断から責任逃れをする、ということをする。

 

 

それでもいいんだろうけど、

なにかを願って、欲して、望んでこの生(せい)を謳歌しているのだから、その決意の炎をいかに消さないでいられるか。

その決意を信じて成功した経験があるか。

それを思い出せる瞬間や、仲間が身近にいるか。

目指すものに、自らを奮い立たせる理由があるか。共感しているか。

 

 

 図らずも、いま自分がやる気がないからこそ、こんなことばかり考えたりしている。

 

少女ファイトで広之くんが言ってた、

「君のやる気を守るのは君しかいないんですよ」

というのが沁みる年末となりました。

 

 

 

それではまた。

自分がなにを求めているかは、いろいろ手探りでこころに問いかけないとわからない。

そういうもんだろう。

 

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水沢うどんの清水屋さんのつきだし。うどんはとても美味しかったが、こちらも素晴らしい。

 

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「あぁ、なんだか調子が悪いなあ」

なんて思ったときには、なんだかレベルじゃなくけっこう調子が悪かったりする。

 

だいたい調子が悪いというときには、

身体の不調と心の不調を思い浮かべてみるとよい。

 

例えば自分の場合でいえば、

ここ一週間くらいは頑張って仕事しよう期間なので、集中力が続く限りは机に向かったり、変な時間に寝たり朝起きて仕事したり、

果てしない仕事量に焦燥感をもったり、ガクブルしていたりする。

 

 

とはいえ、なかなかそれに集中する余裕は持つことができずにいる。

他に作業があるとかなんとか、なにか理由をつけて、やらない理由をすぐに探してしまう。

 

でも。

 

自分がなにかをしない理由を他に求めるなら、それは「自分がしないことを選んでいる」。

アドラーさんの目的論だけど、そういうことなんだろう。

 

だからこそ、

いろいろ手探りをするなかで、自分のこころに「なんでやりたくないんだろう」

と問いかけてみることが大事なことだ。

やりたい理由もあり、やりたくない理由もある。

それを明確にし、自分がやりたい部分から始めてみる、とか。

 

 

あらためて自分を振り返っても、

なにかをやると決めても、やったあとで違うなと思ったり、やりたくないと思っていてもやってるうちにやり甲斐を感じたりもする。

すでに与えられた条件の中で、自分のやりたいようにやれるよう努力したり闘うというのも必要なことなんだろうな。

 

自分のやる気を守ってくれるのは、自分だけ。

これは少女ファイトだったか。

 

人にやる気を預けている時点で、自分の調子が悪いことを自覚したほうがいいのかもしれない。

 

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知人がやる気のないのを人のせいにしていて、それをみて「やる気を人によって預けてはいけない」と感じた。

自省もこめてだけど。

 

 

それじゃバイバーイ